「記憶と記録」
記憶とは、「ものごとを忘れずに覚えていること。また覚えておくこと。」
記録とは、「後々まで残すために物事を書きしるすこと。また、その書きしるしたもの。」を言う。
私は(「記憶人間」ではなく、)「記録人間」だということに、気づいたのです。
その1
人の名前を覚えるのが苦手です。アスペルガーかもしれません。以前は、男性はほとんど「あだ名」で覚え、女性は「名前+ちゃん」で覚えました。しかし、最近は、研修会などで会う人は成人女性が多く、さすがに「名前+ちゃん」とはいかず、「姓」で覚えなければなりません。おのずと「記憶」に頼るのですが、脳の処理能力が低く、すぐに消失してしまいます。やはり「記録」するしかありません。(…情けない話ですが。)
その2
先日、日記がどっさり出てきました。パラパラと捲ると、何やら読めない字でいっぱい書いてあります。でも、解読が始まると、ちゃんと時系列に並べられていて、当時のことがこと細かく書かれています。会社でも、私の書く議事録は、会議での発言をそのままの言葉で「記録」しています。よく上司に「コメントに気をつけろ」と言われました。(…辛辣な証拠物件です。)
その3
私は、子供の頃から親父のカメラでいろいろなものを撮り、今も何かしら撮っています。だが問題なのは、私の撮った写真が常に「記録」なのです。スナップであっても、風景であっても、「何時、何処で、誰が、どんな状況であるのか」が写っています。これに対して、私の娘の写真は悔しいことに「記憶」なのです。これがまたいい雰囲気で、そのときのことを何倍にも鮮明に思い出させてくれます。なじみのリンゴ園の主人が、「娘さんの写真を引き伸ばして飾らせてくれ」と懇願されたりするのです。(…ちょっと複雑な気分です。)
(まだまだあるが)おしまいに
「記憶」という言葉は、「過去の経験の内容を保持し、後でそれを思い出すこと」、「将来に必要な情報をその時まで保持すること」であり、「人間の心そのもの」です。
対して、「記録」と言う言葉は、「残された成績や結果」「仕事の結果を記載した文書、仕事を行った証拠となる文書」「当事者などが、後日の覚えとして書留めたもの」「安定した形で定着・保存された状態にある情報。会議の終わった後にも残すために発言を文書などの形にして保存するもの」で、「人間が作ったもの」であるわけですが、そこには心がありません。心があれば、「記憶」に残ります。
でも、それ(記録)が必要とされるときが往々にしてあるのだから、「私はそれ(記録)のために生きているのだ」と納得しました。(…要は、アルツハイマー対策をはるか昔から実行しているだけなのですが。)
最後に、TAで、自己開示できるようになったので、こんなことが書けるようになったのだと思います。
(執筆者:大山 毅)
浅野雅行 | 2012.12.04 17:35
大山さんはそんな風に気づいたんですね。
企業秘密(笑)なので、ここには詳しく書けませんが、俗に言われる記憶力を上げることは大抵の人が可能です。
私が学びそして教える予定の記憶術の考え方の基本に交流分析の考え方とよく似ている部分もあります。
私も、名前を覚えるのは最近はあまり得意ではなくなりつつありました。
でも考え方とやり方でどうにでもなります。
またお会いした折に、ご興味があればお話ししますが人間の能力は捨てたものではないということがきっとおわかりいただけると思います!
次はいつお会いできるかな?
大山毅 | 2012.12.06 10:27
浅野さん こんにちは。
車椅子の(多分このほうがわかりやすいでしょう)大山です。
コメントありがとうございます。
正直、「コラム」というものは初体験でしたが、こういったお返事がいただけて、とてもうれしいです。
私のスケジュールとしては、基本的に研修会等には参加していますので、もし見つけてもらえたら、ぜひ声をかけてください。
またひとつ、新しい交流が始まると思うと、「書いてよかったな」と思います。
ありがとうございます。